2026.05.08
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「現代マネジメント研究」第2回 浅野雅己氏 講義
2026年度 中部学院大学・シティカレッジ関・各務原公開講座
第2回 「岐阜の町工場の企み in 双葉」
浅野撚糸代表取締役社長 浅野 雅己氏
福島県・双葉町の復興について若者への期待を語る浅野氏
「現代マネジメント研究」第2回の公開講座は4月27日、関キャンパスで行われ、浅野撚糸代表取締役社長の浅野雅己氏が「岐阜の町工場の企み in双葉」のテーマで講演した。
浅野氏は高吸水性タオルの開発の苦労と原発事故で帰宅困難区域に指定された福島県双葉町に工場進出した自らの挑戦を熱く語り、教育学部、人間福祉学部、スポーツ健康科学部、短期大学部の学生と一般市民ら約170人が耳を傾けた。
浅野社長は「撚糸は斜陽産業であり、下請け企業だった。今日お話しするのは成功事例ではない。私は今も挑戦し、闘っています」と前置きして語り始めた。四年間の教職を経て1995年に父親の後を継いで社長に就任した。2000年に入って中国など外国製品のあおりを受け、会社は廃業寸前に追い込まれた。浅野氏はオリジナル撚糸の開発で生き残りを決意し、試行錯誤の末に生み出した高吸水性タオルの「エアーかおる」がヒット商品に。累計出荷枚数は1900万枚を超えるまでになり、2013年にはものづくり日本大賞の経済産業大臣賞を受賞した。
約170人の学生と市民が耳を傾けた「現代マネジメント研究講座」
「借金をして支えてくれた協力工場を守り、下請けから脱却することが大義だった。撚糸の唯一無二の技術でブランドを確立することを目指した」と振り返る浅野氏。「エアーかおる」のヒットで社員は四倍に増え、年商も倍近い19億円になった。V字回復のサクセスストーリーは「奇跡の逆転劇」と呼ばれ、テレビ東京の「カンブリア宮殿」や「ガイアの夜明け」に取り上げられた。しかし、危機をしのいだにもかかわらず、浅野氏は再び新たな挑戦に乗り出す。経済産業省の誘いで2019年に東日本大震災の被災地ツアーに参加し、福島県双葉町を訪れたのが契機。「業績が回復した時期で新工場を建てる余裕はなく、当初は進出に乗り気ではなかった。でも現地を見て、生活必需品や洗濯物がそのまま残り、住民だけがいなくなった民家を目にした時、涙が出た。復興のお役に立ちたいと思い、工場進出を決めた」と決意を語る。補助金と借金の30億円で双葉町に建設した事業所の屋根には大きく「スーパーZERO」の文字を描いた。敷地内にはタオル製品の土産ショップとカフエも作った。就労とともに帰還する町民の交流の場にするためだった。しかし2022年に一部地域が居住可能エリアになっても大半の町民は戻らないまま。折からコロナ禍も重なり、売り上げの見通しは立たず、借金は膨れ上がった。浅野氏は「倒産の危機を感じ、身分不相応な大型投資を悔やんだ」と当時の心境を話す。
高吸水性タオル「エアーかおる」について語る浅野雅己社長
そんな時、新入社員の一言が浅野氏を奮い立たせた。福島県の高校生が会社見学に来た際、男子高校生が19歳の新人女子社員に「あなたにとって復興とは何か」と聞いた。彼女は「小中学校、高校と私は地元のために何もできなかった。私の復興はここにいることです」と答えた。浅野氏は感動し、号泣した。気持ちを入れ替えた浅野氏は新たな販路開拓に動く。コストコ、スギ薬局など量販店を回り、高品質のタオル製品を高級百貨店やホテルに売り込んだ。企業研修や修学旅行の視察ツアーを双葉の事業所で受け入れ、観光のシンボルにした。世界的なテキスタイル・デザイナーと契約し、スーパーZEROの素材を活用したアパレル商品の用途拡大を目指すため、東京・南青山に新しいショップも開店した。
「V字回復などと言うのではなく、血へどを吐くような思いで取り組んできた。双葉の復興は福島の復興、そして日本の繊維産業の再生につながる。世界中の人にすごいと思わせるには福島の復興しかない」と浅野氏。独自開発の撚糸とそれを用いたタオルのブランド構築により、浅野撚糸は知的財産権制度で本年度の経済産業大臣表彰を受賞した。
最後に浅野氏は「福島の原発事故に遭った双葉なら世界中から注目され、世界を相手に商売できる。福島の復興は日本の町工場に勇気を与える。双葉の復興を世界にアピールし、その勢いに乗って会社を大きく成長させたい」と力強く語り、講義を結んだ。
自らの挑戦を「奇跡の逆転劇ではなく、七転び八起き」と振り返る浅野氏
閉会の辞で御礼の言葉を述べる片桐多恵子・済美学院長
(文責・碓井洋 写真・小林康将、林賢一)