中部学院について
中部学院について

中部学院について

建学の精神

学校法人岐阜済美学院の基礎は、1918年(大正7)片桐龍子先生により、女性の自立のための教育を目的として置かれた。片桐龍子先生の後継者であり、キリスト者であった片桐孝先生の志により、第二次世界大戦直後、キリスト教主義学校となった。この建学の精神は片桐孝先生により、旧約聖書「箴言」1章7節に基づいて定められたものである。

「神を畏れる」とは愛と義と公平を求める神の意志を尊重することであり、そこよりはじまる「知識」は、技術的知性だけではなく、それを真に生かす叡知的理性をさす。またそれは、隣人愛に生きることを促し、正義、自由、平和を祈り求める「知識」のことである。

建学の精神

沿革

学校法人岐阜済美学院の沿革

1918年9月 創立者片桐龍子 岐阜裁縫女学校の設置認可
1925年2月 高等女学校令により岐阜実科高等女学校の設置認可
1940年4月 岐阜実科高等女学校を本科に組織変更し校名を片桐高等女学校と改称
1942年10月 片桐高等女学校を岐阜済美高等女学校と改称
1944年3月 財団法人岐阜済美学園設置認可
1948年4月 学制改革により岐阜済美高等女学校を新制高等女学校に切替え済美女子高等学校(普通科・家庭科・別科)と改称
1949年1月 済美幼稚園を設置
1951年3月 学校法人岐阜済美学院の設置認可
1956年3月 済美女子高等学校の別科を廃止
1957年4月 済美女子高等学校に保育科を設置し家庭科を被服科と改称
1961年4月 済美女子高等学校に商業科を設置
1964年2月 岐阜幼稚園教員養成所の設置認可
1966年3月 済美女子高等学校の被服科を廃止
1966年4月 済美女子高等学校に衛生看護科を設置
1967年1月 岐阜済美学院短期大学(英文科・幼児教育科)の設置認可
1968年2月 岐阜済美学院短期大学に幼児教育科第三部を設置
1970年4月 岐阜済美学院短期大学を中部女子短期大学と改称
1972年4月 中部女子短期大学の英文科を英文学科、幼児教育科第一部を幼児教育学科第一部、幼児教育科第三部を幼児教育学科第三部に改称
1973年4月 中部女子短期大学に初等教育学科を設置
1973年4月 中部女子短期大学附属幼稚園を設置
1979年4月 岐阜幼稚園教員養成所を岐阜保育専門学校と改称
1980年4月 中部女子短期大学附属桐が丘幼稚園を設置
1983年4月 中部女子短期大学に商学科を設置
1984年12月 中部女子短期大学幼児教育科第三部を廃止
1988年3月 岐阜保育専門学校の廃止認可
1989年4月 済美幼稚園の廃止認可
1989年4月 中部女子短期大学に専攻科(福祉専攻)を設置
1994年4月 中部女子短期大学社会福祉学科を設置
済美女子高等学校の保育科を保育教養科に改称
1997年4月 中部学院大学(人間福祉学部・人間福祉学科)開設
1997年4月 中部女子短期大学英文学科及び初等教育学科の募集を停止
1999年3月 中部女子短期大学英文学科及び初等教育学科を廃止
1999年4月 中部女子短期大学の商学科を経営学科に、中部女子短期大学を中部学院大学短期大学部に、中部女子短期大学附属幼稚園を中部学院大学短期大学部附属幼稚園に、中部女子短期大学附属桐が丘幼稚園を中部学院大学短期大学部附属桐が丘幼稚園に改称
2001年4月 中部学院大学大学院(人間福祉学研究科)を開設
2001年4月 中部学院大学人間福祉学部健康福祉学科を設置
2003年4月 中部学院大学大学院人間福祉学研究科博士課程(後期)を設置
中部学院大学人間福祉学部人間福祉学科通信教育課程を開設
済美女子高等学校の商業科をビジネス教養科に改称
2004年4月 済美女子高等学校を済美高等学校に改称
従来の学科を女子部とし、男女共学部単位制普通科を設置
2006年4月 各務原キャンパスを開設し、中部学院大学人間福祉学部子ども福祉学科と中部学院大学短期大学部経営情報学科を設置
2007年4月 中部学院大学子ども学部子ども学科とリハビリテーション学部理学療法学科を設置
2008年4月 中部学院大学経営学部経営学科を設置
2009年4月 中部学院大学留学生別科を設置
2009年7月 附属幼稚園・附属桐が丘幼稚園をそれぞれ中部学院大学・中部学院大学短期大学部の附属と改称
2010年2月 中部学院大学短期大学部経営情報学科を廃止
2011年6月 中部学院大学人間福祉学部子ども福祉学科を廃止
2013年4月 済美高等学校のビジネス教養科を商業科に、保育教養科を保育科に改称
2014年4月 中部学院大学リハビリテーション学部を看護リハビリテーション学部に改称
中部学院大学看護リハビリテーション学部看護学科を設置
2015年4月 中部学院大学子ども学部子ども学科を教育学部子ども教育学科に改称
2017年4月 中部学院大学スポーツ健康科学部スポーツ健康科学科を設置
2018年3月 中部学院大学短期大学部専攻科福祉専攻を廃止
2018年3月 中部学院大学人間福祉学部健康福祉学科を廃止
2020年3月 中部学院大学経営学部経営学科を廃止

新キャンパス・施設ができるまで

シンボル・校章・学歌

校章

校章

 1967年(昭和42年)、本学の前身である岐阜済美学院短期大学が、岐阜県関市の「桐谷」と称された地域に、女子短期大学として開学しました。校章には、土地の名とともに、古くから女性を象徴する紋章とされてきた「五三の桐」をモチーフにしました。70年(昭和45年)に中部女子短期大学へと校名変更することになり、「大学」の文字中央に大学名の頭文字である「中」を取り入れ、校章として制定されました。1997年(平成9年)に中部学院大学が開学し、99年(平成11年)には中部女子短期大学は男女共学となり、大学名称も中部学院大学短期大学部となりましたが、現在でも受け継がれています。

 1970年(昭和45年)に校章改新委員会において「校章図案募集要項」が作られ、教職員と学生を応募対象として公募。応募作品の中から、72年(昭和47年)校章制定委員会において決定しました。図案作者は宮川善男本学事務局長(1967-1978年在職)。

シンボルマーク

シンボルマーク

 1997年(平成9年)には中部学院大学が開学し、同短期大学部は開学30周年を迎えました。翌1998年(平成10年)は学校法人岐阜済美学院が開学80周年を迎え、シンボルマークを一般募集しました。新しいシンボルマークは、岐阜の「G」と岐阜済美学院の「S」のイメージ、中部の「C」と学院の「G」のイメージを組み合わせています。本学の未来や社会への貢献を目指し、いきいきと躍動する人物の姿を表現しています。

今回のシンボルマークでは、マークの下部に「Chubu Gakuin」の文字を曲線に沿って入れています。

 1997年(平成9年)に一般公募し、全国各地から約800点の作品が集まりました。選考委員13名による予備審査と岐阜済美学院理事による最終審査の結果、新潟県燕市のグラフィックデザイナー、信貴正明さんの作品が最優秀作品(採用作品)に選ばれました。

  • 英語標記 Byington(Regular)
  • シンボルマークカラー DIC155(M100, Y43

大学名標記

  • 英語標記 Byington(Regular)
  • 大学名フォント A-OTF じゅんPro(34)
  • シンボルマークカラー DIC155(M100, Y43)

大学院・大学・短期大学部

大学名標記(大学院・大学・短期大学部)1
大学名標記(大学院・大学・短期大学部)2

大学

大学名標記(大学)1
大学名標記(大学)2

短期大学部

大学名標記(短期大学部)1
大学名標記(短期大学部)2

学歌

はばたいて

作詞 : 駒井 瞭
作曲 : 岡本 健

緑 燦(きら)めく 丘がある  流れ清らな 川がある
光まぶしい 憧れの  真理極める 道がある
このすばらしい キャンパスに  若さ燃え立つ 限りない
息吹弾ませ 花と咲く 中部学院 輝やいて

歴史彩る 宙(そら)がある  拓く未来の 風がある
担う世紀へ 高鳴りの  理性波打つ 明日がある
このたくましい 情熱に  力みなぎる 意気を呼び
大地ふみしめ 夢と咲く  中部学院 翔いて

チャペルこだます 歌がある  平和讃える 鐘がある
英知鮮やか 共感の  心ふれあう 愛がある
このめざましい 喜びに  人は頬寄せ あふれくる
希望抱きしめ 虹と咲く  中部学院 ときめいて

系列校・施設

大学・短大概要

大学

短期大学部

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