経営学部

「現代マネジメント研究」 第8回 古川秀昭氏 講義

2018.07.03

2018年度 中部学院大学・シティカレッジ各務原/関 公開講座

第8回「美を知ることは新しい力」
OKBギャラリーおおがき館長・前岐阜県美術館長 古川秀昭氏

中部学院大学・中部学院大学短期大学部などがその構成員となっている「学校法人岐阜済美学院」は、2018年に創立100周年を迎えました。

これを機に、経営学部の前身である短期大学部経営情報学科時代から十数年間の伝統を誇る「現代産業研究」を新に「現代マネジメント研究」と改称し、全学的な選択履修を可能にするとともに、シティカレッジ関の皆様にも参加いただけるよう生まれ変わってスタートしました。

 

7月3日(火)、今年度最後の「現代マネジメント研究」を開催、講師をOKBギャラリーおおがき館長で前岐阜県美術館長の古川秀昭氏に願いし「美を知ることは新しい力」と題して、経営・教育・スポーツ健康科学部の学生諸君、シティカレッジ関係者など約250人が拝聴しました。

氏はまず、昨夜のサッカーワールドカップ対ベルギー戦に触れ、ご自分は東京藝術大学に入ってすぐにラグビー部に入部したものの、少数精鋭主義の学校で専門分野も多いため部員が少なく、すぐにレギュラーになれた話から始められました。
成績は4年間を通じて4勝40敗と振るいませんでしたが、今の奥様がよく応援に来ていらっしゃたとのこと、会場が大いに沸きました。


氏は1979年に岐阜県美術館に就職され、新しい美術館の設立を目指す「準備室」に入りました。以後、2015年に退かれるまで36年間、この道一筋に努めてこられたのですが、お話はむしろ、その一筋から外れたとき、ずれたときに初めて見えてくるものの中に潜んでいる、又は潜んでいた大切な「きっかけ」の評価についてでした。

 

 

ある男が酔っぱらって中央線に乗ったが乗り越してしまい、高尾であわてて降り別の電車に飛び乗ったったところ、さらに先へ行く列車で、とうとう山梨県に入ってしまった。仕方なく東京に向かって歩き始めたのだが先は長い。そこに止まってくれたのが親切な運転手のトラックで、その男はそれ以来「ヒッチハイク」というとても面白いものを見つけてしまい、虜になってしまった。この話は、「一筋」から外れたために自分の生き方が変わってしまったという実話で、実際にラジオで流れたものだそうです。

氏は、「平穏無事」は生きていく上で全くつまらないのではないかと問いかけます。美術館に就職し「こんな面白い世界があったのだ」と感激した原点が、高校時代に成績抜群で誰もが太鼓判を押す医学部志願をやめて一浪し、美術家を目指した時点にあったのだと。

氏はまた「自分の人生設計はあてにならない、誰にも、もっとふさわしい生き方が潜んでいるから」と続けます。自分の目はあてにならない例として何枚もの図や絵を紹介します。見方によって老婆と若い女性のどちらかに見える1枚の絵、本当は同じ色なのに置かれた場所によってグラデーションになってしまう菱形の図形、どれもが「何かを見る人の目はあてにならない」ことを逆手にとって、見る人を楽しませてくれているのです。

ルノアールの「泉」のモデルの腕の太さや肩の筋肉は奇形に近い形だが、かえってバランスのとれた名画になっているでしょうし、古瀬戸に中国の染付磁器をくっつけた「呼続」(註:よびつぎ)、織部焼の多くはまた非常識・非日常の中の美しさを主張しています。
氏の愛してやまない詩人まど・みちお は「太陽・月・星・・・一ばんふるいものばかりが、どうしていつもこんなに一ばんあたらしいのだろう」と語ります。

美を発見または再確認することによって生まれる「新しい力」はそのまま「新しい自分」の誕生を意味するのでしょう。氏はこれを「非常識」、「不整合・歪み」、「破格」、「脱個性」のストーリーにしました。決して一般的ではない状態が始まりで、ときには外れ、やがて世の中の価値や正しさとは違うものを見出し、自分勝手な私が消えて新しい私が生まれるストーリーです。

このような「美しいものはどこにあるのか」へのこだわりが氏の哲学であり、今の氏を支えており、魅力づけているように思えました。もちろん、そのさらに奧には満州(註:今の中国東北地方)で生まれ、幼くして家族で洗礼を受けられたクリスチャンとしての揺るがない確信があることは言うまでもありません。
「奥さんを描いたことありますか?」との学生からの質問もあり、楽しい中に、聴衆すべてが勇気づけられたお話でした。

(写真:野口晃一郎、文:今井春昭)

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