経営学部

「現代マネジメント研究」 第5回 若井敦子氏 講義

2018.06.05

2018年度 中部学院大学・シティカレッジ各務原/関 公開講座

第5回 『現代社会におけるスポーツの使命とは』 
西濃運輸株式会社空手道部監督・中部学院大学空手道部監督・岐阜県議会議員 若井敦子氏

中部学院大学・中部学院大学短期大学部などがその構成員となっている「学校法人岐阜済美学院」は、2018年に創立100周年を迎えました。

これを機に、経営学部の前身である短期大学部経営情報学科時代から十数年間の伝統を誇る「現代産業研究」を新に「現代マネジメント研究」と改称し、全学的な選択履修を可能にするとともに、シティカレッジ関の皆様にも参加いただけるように生まれ変わってスタートしました。

6月5日(火)、今年度第5回の「現代マネジメント研究」を開催し、講師を西濃運輸株式会社空手道部監督で岐阜県議会議員であられ、この4月から本学の空手道部監督に就任いただいている若井敦子氏にお願いしました。

氏は就任2か月で11名の部員を率いて東海学生空手道大会に出場、2種目に優勝という快挙を達成されました。
氏は胸に岐阜済美学院のシンボルマークと中部学院大学の文字も鮮やかな道着で登壇されました。

若井敦子氏

また、未だに破られていない世界選手権4連覇の快記録を認定した「ギネス認定書」をお持ちいただき披露していただきました。初めて認定書を見る学生も多く、8年間の汗の結晶を想いながら見つめていました。

ギネス認定書

若井敦子氏

デモンストレーション

お話はまず、空手道とは何かから始まりました。氏が得意とされる「かた形」では、1対1で闘う「くみて組手」と違い四方八方に敵がいることを想定して、見えない敵と闘う技です。

伝統を引き継ぎ、多くの種類の形がありますが、氏が最も得意とされたのは「スーパーリンペイ」です。最高峰の技の一つで、世界選手権4連覇はこれにより達成されました。

随所で、講義に参加してくれた空手道部の9人のデモンストレーション、あるいは先生がスポーツ健康科学部の伏見拓真君を相手に模範演技を披露していただきましたが、会場は一瞬静まりかえり、その後どっと沸き、大きな拍手がおこりました。

若井敦子氏

若井敦子氏

VTRで拝見した2004(平成16)年のメキシコでの世界空手道選手権4連覇達成の模様には、会場から拍手が起きましたが、それは、若井さんの、試合中の勝ちたい一心の思いと、試合後の、敗者に対する深い思いやりのこもった礼、この二つの姿勢を皆さんが見逃さなかったからだと思いました。
実は、そこに示された「自分の、人間としての成長を願う空手道の完成」こそ、若井神話・不敗神話を生んだ無敵の若井選手がたどり着いた、真の頂上だったというのです。

氏は、ご講演の中で何度も、「何かに気づき、行動に移したときが適齢期」、「限界なんて、自分が作ったもの。どんどん越えていける」と述べられました。

氏の空手道人生は、どちらかといえば苦難の連続だったようです。4歳のときにバイクに跳ね飛ばされて頭蓋骨・脊椎などを損傷しての長い入院生活に始まり、小学校1年生から大学まで続けた空手の道とナショナルチームへの夢の挫折・限界、また、何もないところから2012年の岐阜清流国体での天皇杯・皇后杯獲得を依頼されてのチーム作りと空手競技での優勝などなど。
苦労のすべてを乗り越えて、最後には目標を達成されるご努力に、会場は固唾をのんで聞き入っていました。

しかし、全日本選手権8連覇、世界空手道選手権も連覇と絶頂期にあった中、最大の試練が訪れました。
2003(平成15)年の第58回静岡国体において、無名の新人に初戦で敗退してしまったのです。
このとき起こった会場のどよめき、観戦していたライバル選手のコーチの喜びよう、もう一人のライバル選手のコーチからの励ましの電話。
氏はこのとき、それまでのありとあらゆるものが壊れ、しかしその中に一筋の光が差すのを体験されました。

屈辱の体験の中で、会社の倉庫で涙をこらえて練習しながら、氏がたどり着いたのは「勝つだけでいいのか、いかに生きるかが大切ではないか」でした。
敗戦から何かを生み出す、他者の痛みを知ってこそ他人に優しくなれることを知った若井さんは、世界選手権4連覇をこうした悟りの中から産みだしたのです。

私たちは、翌2004年の世界空手道選手権大会のVTRで、堂々と胸を張って躍動する偉大な若井さんを見ました。試合後、手を取り、深い礼をして敗者を称える勝者の姿に、大きな感動をいただいたひとときでした。

会場を去られるときに見せていただいたあの優しいまなざしが、政治の場で花開くことを祈ります。

(文:今井春昭 写真:野口晃一郎)

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