経営学部

「現代マネジメント研究」 第5回 小出宣昭氏 講義

2017.06.14

2017年度 経営学部・シティカレッジ各務原/関 公開講座

第5回「モノサシ一本主義から抜け出せ」
株式会社中日新聞社 社長 小出宣昭氏

8回シリーズの第5回は6月14日(水)、株式会社中日新聞社の代表取締役社長小出宣昭氏で、演題は「モノサシ一本主義から抜け出せ」です。
この日は経営・社会福祉の学生諸君のほか、市民の皆様方など約250人がお話を拝聴しました。

氏はまず、「モノサシ一本」の例として、1959(昭和34)年に「国際的に通用しない」などとされて法律で使用が禁じられた日本の尺貫法をあげました。
「なぜ我が国はメートル法だけなのか、アメリカではヤードやポンドを使用しているではないか。互いのモノサシを尊重 し合うことが国際化で、モノサシを一本にすることとは違う」と切り出しました。

小出宣昭氏
小出宣昭氏

また、すべてのキリスト教徒がクリスマスを12月25日としているのではなく、東方正教会では採用している暦の違いによって1月7日であることを示しました。
日本の正月も1873(明治6)年の太陽暦の採用までは立春のころだったと指摘。人間の文化はいろいろな「モノサシ」の組み合わせで形成されていると続けました。

小出宣昭氏

多様なモノサシを持ち合わせていないと、他社の文化の尊厳を傷つけ、品性を失うことになると訴え、事例として、日本米の不足で「タイ米」を輸入したときの話を紹介。
テレビのインタビューで、タイ米は「パサパサでおにぎりが握れない」と答えた人を引き合いに、「タイ米はチャーハンに適した米。それでおにぎりを作ろうとするのは、スパゲッティをざる蕎麦のように食べようとするのと同じ」と指摘しました。
「日本人は米といえばおにぎりというモノサシしか持っていない。だから、タイの農家が一生懸命作った米を美味しく食べられない」と分析しました。

氏は特派員としてイギリスに3年間駐在していました。
親しいイギリス人は「日本人は生の魚を食べるから魚屋のにおいがする」と明かした。だが、それを公には絶対口にしない。頭の中で思っても、口にしないのが品性である。世界にはいろんなにおいがある。それもまた、多様なモノサシの一種であると話しました。

そもそも、一本のモノサシしか持たない日本の国民性の起源は農耕文化にあると分析。田植え、稲刈りと「一斉」「一緒」が基本なので、衣替えや海開きまで一斉にやる。
明治の文明開化によって教育も医学も、何もかも「脱亜入欧」で近代化、一本化を目指したが、果たしてそれで良かったのかと疑問を投げかけました。

英語教育も同じで、日本は「文法」というモノサシにこだわり過ぎる傾向がある。問題は話す内容で、そのためには日本語能力を高めることが一番大切だと力説しました。
漢字の持つ意味もモノサシ一本で判断してはいけないと強調。例えば、「愛人」は中国では妻のことだが、日本では全く違うし、「手紙」はトイレットペーパーで「鮎」はナマズ。こうした違いを文化の違いとして楽しみ、学生(時代)は何本ものモノサシを持つことが、その後の充実した生き方を保証してくれると訴えました。

さらに話を広げ、軍隊は成人男性ばかりで構成するのが一番効率的だが、子ども、女性、老人などさまざまな人々が構成する社会が民主的であると強調され、さくさんのモノサシを認めることが民主化だと説きました。

最後に、能率や効率ばかりを追い求める「デジタル社会」の特徴がモノサシ一本の世界に通じるのではないか、と指摘しました。本を求めるならインターネットではなく、本屋さんで買ってほしい、現物を見比べたり、余分なものを買ったりする「寄り道」を大切にしてほしいと呼び掛けました。

人間は自由な時間を作り出すためにデジタルの代表とも言えるコンピュータを作ったが、若者の多くはスマートフォンに夢中で、自由な時間を減らし自分の可能性を狭めていると警鐘を鳴らしました。

効率一本、モノサシ一本の世界から抜け出して、文化の多様性や寄り道の楽しさを取り戻してほしいと強調し、講義を結びました。味わい深い、そしていつまでも余韻が残るお話でした。

(文:今井春昭、写真:今井信一・野口晃一郎)

(追記:小出宣昭氏は2017年6月26日をもって、中日新聞社顧問・主筆となられました。)

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