子ども学部

子ども未来セミナーI レジュメ

保護者と先生は“敵”なのでしょうか?

「いまの学校・園や担任の先生には不満がある!」――保護者がそう感じる場面が確かにあります。
「保護者との関係性を作るのが難しい!」――先生がそういう現実にぶつかることもあるでしょう。
いま、マスコミ等を通して私たちの目に映る学校や幼稚園・保育園の姿には2つの面があるように思います。一方は、「あれもしろ、これもすべきだ」という過大評価、そしてもう一方は、「なっていないから、徹底的に改革すべきだ」という過小評価です。しかし学校・園の“本当の姿”“等身大の姿”は、どれだけ理解されているのでしょうか?

学校・園は、子どもの成長・発達を保障する大事な公共空間です。教職員は、専門的な立場から、その職責をまっとうすることが任務です。したがって保護者や地域住民の方々から、様々な形と内容で「学校・園への要望」が出されることは当然のことです。しかし、時としてそれらの要求が、何ともならないような無理難題要求(イチャモン)に変化したり、振り上げた拳がおろせなくなったり、トゲトゲしい物言いになることがあるのはなぜでしょうか?

他方で、もともと保護者の要望には正当な理由があったにも関わらず、近年急速に膨れあがる仕事や多忙の中で、学校・園や教職員の側がいいかげんに扱ってしまったことにより、トラブルに発展させていくことがありはしないのでしょうか? そういう中で何が壊れ、何が作られているのでしょうか? そのようにして到来する未来の社会が、もし無惨なものだとすれば、それをくい止めるための方法はないのでしょうか?

変容した保護者の意識、教育現場の現状

ここ数年間、保護者の方々の消費者意識が高揚するとともに、学校・園に対する期待感・距離感は大きく変化してきているようです。他方で学校・園は、膨れあがる様々な教育病理現象への対処が求められとともに、場当たり的な「教育改革」に翻弄される中で、急速に体力とゆとりを減少させつつあるように思います。加えて、総合的な育成力を蓄えていたはずの地域の変貌も、加速度的に進んでいます。「学校・園はゴミ箱、教職員はサンドバッグ」と形容できるように、学校・園が疲弊し、先生は元気をなくしているのが実態です。それは同時に、保護者の学校・園との良好な関係づくりにとっても障害となるでしょう。

言ったもん勝ちのように押し寄せてくる要求に「過剰防衛的に身構える学校・園」は、保護者にとっては「閉鎖的で頑なな学校・園」と映っているかもしれません。保護者の方々の要望の内実を丁寧にくみ取る作業とともに、本来的な学校・園の守備範囲とは何か、そして責任領域はどこまでか、の合意形成が必要であるにも関わらず、相互不信の構図だけが大きく浮かび上がりつつあるようです。

子どものために手をつなぎ、ともに出口をみつける

私は、数年前から「学校へのイチャモンの急増現象」を緊急の教育課題と考え、全国各地でインタビュー調査やアンケート調査をしながら、これらの実態把握とともに、打開策の検討をしてきました。「親がなっていない」、「いや、学校の方こそ問題だ」と言い合っていると、出口がなくなります。出口(解決の糸口)をともに見つけることが、最も大事なことなのです。「先生を問いつめる」あるいは「親を追いつめる」のではなく、子どもたちのために手をつなぎあえる関係性と信頼をどのように作っていくのか。一見すると無理難題要求と思われるような事柄の中に、保護者の思いが透けて見える場合も多くあります。肝心なことは「親が……」「教師が……」ではなく、「子どものため」をなおざりにせず、実のある道筋を探すことだと思います。

ページの先頭へ戻る